幸手市40年のあゆみ
幸手市は、昭和61(1986)年10月1日に市制施行し「幸手町」から「幸手市」となり、以来40年間にわたり、市民の皆さまとともに成長を続けてまいりました。
このページでは、幸手市がどのような歩みを紡ぎ、どのような変化を遂げてきたのか、愛されるまちとしての歴史を振り返ります。
※ダイジェスト版を広報さって令和8年10月号に掲載しています。
幸手市の誕生
幸手市制施行記念式典
(幸手中学校にて)
幸手市が誕生したのは、1986(昭和61)年10月1日。
前年1985(昭和60)年の国勢調査で人口が51,462となり、5万人を超えたため、地域のさらなる発展と住民サービスの向上を目指し、市制を施行しました。
地域社会は活気に満ちており、住民一丸となって新たなまちづくりを進める決意を固め、歩みをスタートさせました。
幸手市における40年の歴史
1991(平成3)年:さっちゃん誕生

市制施行5周年記念事業として市のキャラクターを作成し、愛称を募集した結果、「さっちゃん」と名付けられました。
1992(平成4)年:第1回さくらマラソン開催
第1回さくらマラソンの様子
幸手の春を彩る「さくらマラソン」が初めて開催されました。
桜が咲くまちの風景を楽しみながら走るこの大会は、市民の健康づくりやスポーツに親しむ機会としてスタート。
その後も多くのランナーが参加する春の恒例イベントとして親しまれています。
1994(平成6)年:第1回幸手市民まつり開催
市民がともに楽しみ、交流を深める「市民まつり」が初めて開催されました。
世代や地域を越えて人々が集い、交流を深めながら、幸手の魅力や活力を感じられるイベントとして歩みを始めました。
当初は中央通りや東さくら通りで行われていましたが、2022(令和4)年からは権現堂2号公園で開催されています。
1995(平成7)年:アスカル幸手がオープン
アスカル幸手落成記念式典
「アスカル」はアスレチック(体育)とカルチャー(文化・教養)を合わせた造語で、幸手市民文化体育館の愛称として親しまれています。
今でも「メインアリーナ」で催されるスポーツ大会や、「さくらホール」で催されるコンサートなど、市内外から多くの人が集まる施設です。
1999(平成11)年:幸手市公式ホームページを公開
インターネットが広く普及し始めたこの時期、幸手市の公式ホームページが公開されました。
それまで広報紙などが中心だった市からのお知らせに、インターネットという新たな情報発信手段が加わり、現在につながる市政情報のデジタル発信の第一歩となりました。
2004(平成16)年:第59回彩の国まごころ国体開催
「第59回彩の国まごころ国体」が開催され、幸手市も競技会場の一つとなりました。
全国から訪れる選手や関係者を迎え、多くの市民や関係団体が大会を支援。
スポーツを通じて全国の人々との交流が生まれ、市全体で大きな大会を盛り上げる貴重な機会となりました。
2008(平成20)年:幸手駅東口停車場線・駅前広場が完成
幸手駅東口は、道路・歩道ともに狭く、
そこで、駅東口~御成街道(幸手駅入口交差点)の道路・歩道の拡幅を行いました。
駅へのアクセスや交通の利便性が向上するだけでなく、駅周辺のまちづくりも大きく前進。
鉄道と道路をつなぐ交通結節点として、市民の日々の移動を支え、幸手市の新たな玄関口となる都市基盤が整備されました。
完成以前の幸手駅東口
(1985[昭和60]年ごろ)
2009(平成21)年:岸本家住宅主屋が国の登録有形文化財に指定
改修前の岸本家住宅主屋
岸本家住宅は、大正時代まで醤油醸造業を営んでいた同家の居宅です。土蔵造り2階建て(一部木造平屋建て)で江戸時代末期に建築された、市内では数少ない貴重な建造物です。
幸手は江戸時代、幕府が設定した五街道のひとつ「日光道中」の江戸から数えて第6番目の宿場町として栄えました。
現在の商店街の街並みに残る幸手宿の面影を伝える風格ある建物は、街の景観に積み重ねられた時間の厚みを与えています。
2011(平成23)年:東日本大震災発生
地震による市内道路の被害
2011(平成23)年3月11日午後2時46分、東北地方の三陸沖でに発生した観測史上最大規模の巨大地震は、幸手にも大きな被害を残しました。
災害への日頃からの備えや地域で支え合うことの大切さを改めて認識し、その後の防災・減災について考える大きな契機となりました。
2015(平成27)年:圏央道幸手インターチェンジ開通
圏央道幸手インターチェンジ開通
圏央道(首都圏中央連絡自動車道)は、東京都心を経由せずに首都圏の外周を連結する広域幹線道路です。
市内では、幸手インターチェンジが開通し、物流効率の向上、企業の進出促進、観光客の増加など、経済的効果が急速に拡大しました。
また、入間市との交流連携協定など、今まで交流のなかった地域間での連携が強化されました。
圏央道は、本市の活性化と飛躍的な成長を支える重要なインフラとして、今日も大きな役割を果たし続けています。
2018(平成30)年:郷土資料館開館
郷土資料館開設記念式典
以前から展示していた民具資料に加え、幸手の歴史を展示する施設「幸手市郷土資料館」が平成30年10月に開館しました。
資料の展示公開だけでなく、各種講座の開催やボランティアの育成、情報発信など、地域学習や社会教育の拠点となる施設として親しまれています。
2019(平成31・令和元)年:幸手駅橋上駅舎・東西自由通路が完成
幸手駅西口の開設に伴い、幸手駅の駅舎を橋上化し、東口・西口をつなぐ自由通路がオープンしました。
これにより、線路を挟んだ東西の行き来が便利になっただけでなく、桜の時期に権現堂桜堤を訪れる人々の玄関口となっています。
幸手駅橋上駅舎と東西自由通路
幸手駅東西自由通路
2019(平成31・令和元)年:ベナン共和国との交流
交流事業
2018(平成30)年に当時の駐日ベナン大使が幸手桜まつりを訪問したことをきっかけに、ベナン共和国との交流事業の協議を進めた結果、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会におけるベナン共和国のホストタウンとして登録認定されました。
2019年には、ベナン共和国と幸手市の交流イベントが複数行われたほか、「広報さって」2020年8月号~2021年7月号にベナンの文化を紹介する記事の掲載や2019年3月に市役所本庁舎正面玄関にてベナン共和国の紹介を行うなどし、交流を深めました。
2025(令和7)年:九都県市合同防災訓練の実施
訓練のようす
九都県市合同防災訓練は、首都圏の4都県5政令指定都市(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市)で毎年開催される防災訓練で、2025年は幸手市が埼玉県会場となり、権現堂2号公園等で訓練を実施しました。
大規模災害の発生を想定し、行政、防災関係機関、地域住民などが連携してさまざまな訓練を実施し、災害時の対応や関係機関との連携を確認するとともに、市民一人ひとりが防災について考える機会となりました。
未来へ向かって~これからの幸手市~
過去40年の歩みは、私たち全員が築いた大切な財産です。これまでに培った経験をもとに、幸手市はこれからも「みんなでつくる 幸せを手にするまち 幸手」を目指し、力強く進み続けます。
市制施行以前の幸手の歴史
幸手市が市制施行する前の幸手の歴史は、次のホームページや資料をご覧ください。
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更新日:2026年10月01日