本因坊第九世察元の墓石

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更新日:2025年01月09日

市指定有形文化財(歴史資料)大字平須賀

察元は、平須賀の出身で、間宮又左衛門の子として享保18年(1733)に生まれた。幼少のころから囲碁の本因坊第8世・伯元の弟子となり、宝暦4年(1754)に第9世を継いだ。
明和3年(1766)に井上因碩(井上家第6世)との争碁に勝利、名人(9段)に昇進し、その後明和7年(1770)に江戸幕府の碁所に任じられ、「棋道中興の祖」と称された。没年は、天明8年(1788)。墓石は平須賀外郷内の共同墓地にある。正面に「本因坊上人之墓」と刻まれ、右・裏・左の各面には、察元の事績を記した銘文が刻まれている。
なお、本因坊家代々の墓は、現在東京都豊島区巣鴨の本妙寺にある。このことから、市域で確認された察元の墓石は、分骨かその供養のために建立されたものとみられる。

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