本因坊第10世烈元ゆかりの澤村家に伝えられた江戸時代の碁盤

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更新日:2021年01月27日

江戸時代の囲碁の本因坊家第8世の伯元、第9世の察元、第10世の烈元の出身地は幸手です。

本因坊家は、囲碁の四つの家元の中で最も由緒があり格式の高かった家とされ、江戸幕府の庇護を受け、代々囲碁文化の継承に努めた家柄でした。

このように本因坊家の家督を三代にわたり同一自治体の出身者が継承した事例はほかになく、囲碁文化史をみても、とても稀なことで、郷土資料館の常設展示でも、幸手ゆかりの人物として本因坊を紹介しています。

市内には、伯元、察元、烈元の本因坊三代の墓石があり、当市と本因坊家との関わりを示す重要な歴史資料であることから、それぞれ市指定有形文化財に指定されています。

なお、本因坊家代々の墓は、現在東京都豊島区巣鴨の本妙寺にあるため、市内の墓石は、分骨か供養のために建立されたものとみられています。

さて、本因坊第10世の烈元の生家である上吉羽の澤村家に、江戸時代の碁盤が伝えられています。

この碁盤の脚の枘(ほぞ)に江戸時代の年号である「元文四年(1739)」の文字が墨で書かれています。これは碁盤の作成年代を示すものと考えられます。

烈元は、この11年後の寛延3年(1750)に生まれていることから、烈元が幼少期に使った可能性がある碁盤として、以前から関係者の間で注目されていました。

平成30年10月に、郷土資料館が開設されたことをきっかけに、澤村家から、この碁盤の寄託を受けました。

郷土資料館では、令和元年度に企画展を開催し、この澤村家の碁盤を市内で初めて一般公開しました。

澤村家に伝わる江戸時代の碁盤

澤村家に伝わる江戸時代の碁盤

元文四年(1739)の墨書

元文四年(1739)の墨書

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幸手市郷土資料館

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