令和8年度特別展『天神島の天神神社-その歴史と文化財-』

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更新日:2026年10月03日

幸手市市制施行40周年・天神島天神神社三十三年祭記念

展示期間 :令和8年10月24日(土曜日)から令和9年1月31日(日曜日)まで

期間中の休館日:月曜日(祝日の場合は開館し、翌日が休館)、年末年始

ところ : 幸手市郷土資料館(幸手市大字下宇和田58-4)

入場無料

平安時代の公家で漢学者・歌人の菅原道真を天満天神、天満大自在天として神格化した天神信仰は日本各地に広がり、今でも多くの信仰をあつめています。

市内にも天神神社があるほか、「天神島」という地名があるため、幸手市民にとって「天神」という言葉には特に親しみを感じている方も多いことでしょう。

今回の展示は、幸手市大字天神島に鎮座する天神神社を紹介します。この天神神社では、33年に一度、本殿の御開帳が行われる「三十三年祭」という行事があり、前回は平成5年(1993)10月に開催されています。

それから33年の歳月を経た令和8年(2026)10月31日に、この「三十三年祭」が行われることになりました。こうした時宜をとらえ、天神神社の歴史や文化財を紹介する特別展を開催します。

展示では、まず、古河公方の家臣で幸手城主の一色氏が領内に鎌倉の荏柄天神を勧請した「一色五天神」の一つとされるこの天神神社の起源や由来を探るため、伝えられた縁起について紹介します。

また、当社には、江戸幕府が編さんした『新編武蔵風土記稿』でもその図が紹介されている応永7年(1400)銘の棟札をはじめ、埼玉県内で最古の絵馬と考えられる元和8年(1622)墨書銘の天神像絵馬のほか、バラエティー豊かな天神像が彫られた護符の版木が多数残されています。

なかでも護符の版木を調べた結果、江戸時代の寛政期に天神神社の別当を務めた満福寺住職の秀蓮が、京都の北野天満宮と積極的にかかわりながら、当社の霊験を高め発展させようとした姿が見えてきたのは大きな成果と考えています。

さらに、天神神社と菅原道真の年忌行事との関わりのほか、33年ごとに開催されてきた「三十三年祭」の歴史についても紹介します。

二人天神像の護符

北野天満宮御真作御影の護符

応永七年の棟札

寛政8年(1796)10月、禁裏御所御祈所 京北野宮執行職という肩書の妙蔵院が、武州幸手領天神嶋村の天神氏子中宛てに発給した文書。江戸浅草の浅草寺で出開帳を行った北野天満宮が、京都帰宮にあたり天神島村に立ち寄ることをはじめ、これにより今後は天神島の天神神社を「御旅所」とすることを伝えている。さらに「御守札」などは、謹んで広め施すようにとの指示が、横向きに縮緬状の皺がある大高檀紙を使って、その威厳を誇示するように伝えられている。

この記事に関するお問い合わせ先

幸手市郷土資料館

〒340-0125 埼玉県幸手市大字下宇和田58番地4
電話・ファックス 0480-47-2521

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