令和8年度企画展『日光道中幸手 荒宿 長嶋屋 栄枯盛衰』
「まぼろしの豪商」といわれた長嶋屋 青木家の人びとを紹介します
展示期間 :令和8年7月25日(土曜日)から10月18日(日曜日)まで
期間中の休館日:9月21日を除く月曜日
ところ : 幸手市郷土資料館(幸手市大字下宇和田58-4)
入場無料
江戸時代の画家 池大雅が書いた長嶋屋の看板
「幸手には、無いものはない」と明治時代生まれの人は言ったそうです。 この言葉はもちろん「幸手には、何でもある」ということ、幸手のまちが商人のまちとして栄えていたことを端的に言い表しています。
鉄道や航空の輸送路がない時代、道と河川は物流を支える大切な社会的なインフラでした。 幸手には、陸路では日光道中や日光御成道が通り、水路では権現堂川(利根川)や江戸川が流れています。 幸手の商人たちは、そうした道や河川を経済活動のなかで活用できる強みがありました。
物流の拠点である宿や河岸には、人や物がたくさん集まってきます。 商人たちは、それを売りさばき、利益を得ながら店を発展させていきました。 江戸時代から今に至る幸手の商業の基盤は、物流環境における幸手の地の利の良さから築かれたものといっても過言ではありません。
幸手で繰り広げられた商業の歴史を語ろうとすれば、やはり商人たちがどのような商売をしていたのか詳しく調査・研究する必要があります。 ただし、幸手の江戸時代の商人たちが行った商売について解明するため必要な資料はわずかで、その経営の実態などはよくわかっていません。
そうした中で、本展示では、商人のまち幸手宿で繁栄を極めた大商人の一人として知られている長嶋屋 青木家についてご紹介します。
長嶋屋は、「まぼろしの豪商」とも言われるように謎も多く、解明の鍵となる資料も限られています。
この展示では、青木家が菩提寺とした寶持寺の墓石に漢文で刻まれた碑銘の解読を中心に、長嶋屋歴代当主の人物像を紹介しながら、関連資料を展示します。



更新日:2026年07月08日