幸手市ってこんなとこ

都心からほど近い場所にありながら心が和む風景が広がります

幸手市上空から

幸手市上空から

幸手市は豊かな自然と先人たちの英知に支えられ、古くは日光街道と御成道が合流し、さらには筑波道が分岐する宿場町として栄えてきました。

桜のトンネルで全国有数の名所となっている権現堂堤や中川、江戸川などの水辺の風景、のどかな田園風景など、都心からほど近い場所ながらも訪れた方々の心を和ませる風景が広がっています。

権現堂桜堤は、全国有数の桜の名所 まさに絶景!幸手のシンボル

桜と菜の花

権現堂堤 桜と菜の花

中川の堤防、権現堂堤に約1キロにわたり植えられた約1000本のソメイヨシノの桜並木。
堤の上は桜のトンネル、そして、周辺に広がる菜の花畑。
3月末から4月上旬にかけて開かれる桜まつりの季節には、心温まる春の風景を楽しむことができます。

江戸時代は日光道中の宿場町(幸手宿)として栄えた歴史のあるまち

日光道中絵図

日光道中絵図から(国立公文書館所蔵)

日光道の整備前から幸手は利根川水系による河川舟運と鎌倉街道中道の人の往来で交通の要衝として栄えていました。

江戸時代に入り、日光道が整備されると1616(元和二)年に、幕府より継立を命ぜられ「幸手宿」となりました。

かつては幸手宿の長さ585間(9町45間)、道幅6間、家数962軒、人数3937人、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠27軒とあり、城下町に併設された宿を除くと千住宿、越ヶ谷宿に次ぐ日光道3番めの規模を誇っていました。

幸手宿ガイドマップ1

日光街道宿場めぐり幸手宿 ( 幸手宿まちあるきマップ)

圏央道幸手ICの開通で交通の利便性が格段に向上!

圏央道と産業団地

圏央道と工事が進む幸手中央地区産業団地

圏央道(首都圏中央連絡自動車道)は、都心から半径およそ40キロメートル~60キロメートルの都市を繋ぐ延長約300キロメートルの高規格幹線道路です。
横浜、厚木、八王子、つくば、成田、木更津などの都市を連絡し、東京湾アクアライン、
東京外環自動車道などと一体となり、首都圏の広域的な幹線道路網を形成しています。

平成27年3月に開通した圏央道幸手インターチェンジの東側では現在、幸手中央地区産業団地の工事が進んでいます。交通の利便性から物流・輸送拠点として最適のロケーションです。

更新日:2018年03月05日